今年は日経新聞の1,600億円にのぼるフィナンシャルタイム買収、Yahoo!と共同通信の合弁会社設立、2億人のユーザーを抱える米Buzzfeedの日本上陸など、今後の日本のジャーナリズムシーンに影響を与えるニュースが飛び込んできた。
未だに新聞社の影響力が残る日本と違い欧米ではネットメディアの成長により業界の地図がここ数年で大きく変わっている。名門新聞社のトップ記者やピューリッツアー賞受賞記者がBuzzfeedなどといった新興ネットメディアに転籍し、名門のニューヨークタイムズも最新技術を駆使したネット記事でピューリッツアー賞を受賞する。
エミー賞受賞ドラマのHouse of cardsでは大手新聞社のトップ記者のゾーイが新興ネットメディアに引き抜かれる様子が描かれる
かつて1,000万部を誇った読売新聞がある日本は、700万部以上を発行する朝日新聞も含め、世界でも類まれにみる新聞が発行されている国だ。欧米に比べ、まだまだ新聞の影響力は大きい。
これを読む若い人の多くは「みんなニュースはネットで見るよ」と思うだろう。人によっては「マスコミは終わったよ」と思われるかもしれない。だが日本で一番見られるYahoo!ニュースやスマホニュースで急成長したスマートニュース、グノシーであっても、ニュースを作っている大元はほぼ旧来のマスコミである新聞社や雑誌社になる。
ただ、欧米と同様、発行部数や接触時間や広告費の減少と日本の新聞社も大きな岐路に立たされている。
今回は新聞社はなぜ若者にそっぽを向かれ、影響力を失ってしまったのか?
また、どのように魅力を回復し、また影響力をとり戻せるのか?
という少々壮大なテーマについて書いてみよう。
下記に詳細な約100ページのパワーポイントの資料を掲載するが、時間のない人はブログ本文でかいつまんだ記事を読んでほしい。
まずは、国内の新聞をとりまくビジネス環境から見ていこう。
国内の新聞の発行部数は年々下がっている。
接触時間も各世代で大幅に減少。10代では2010年の時点で平均48秒に。
もちろん、時間を奪われているのはネットニュースである。
接触時間の減少に伴い、広告収入も減少。
この情報流通の変化を図にまとめると次のようになる。
ネット誕生後、ネットメディアがニュースの生産元であるテレビや新聞社と生活者の間に入り込み、情報流通に介在する企業が増えたのだ。
その結果、Yahoo!と大手新聞社のサイトのページビュー数には大きな開きができた。ここでは朝日新聞を例に出しているが、読売新聞もほぼ同じ状況である。
ネット誕生前と誕生後をビジネスモデルとして見るとこうなる。
新たに増えたものはウェブ用の編集(生産・加工)と自社サイトへの掲載と提携サイトへの配信(流通)である。現在の新聞社の行き詰まりは生産・加工と流通がうまくいっていないから考えられる。
新聞社各社の進めるWEB有料版の販売状況はどうだろう。
ニューヨークタイムズのWEBの発行部数が57%に対して朝日新聞は2%である。
ただ、デジタル有料版は振るわないが、海外の新聞社と比べ、主要紙の発行部数は格段に多い。
国内新聞社を取り巻くビジネス環境としては、ウェブ企業に対抗する処置がうまく機能しているというのは難しいが、現状新聞本紙がまだ売れている状況である。ただ、体力が残っている今、WEBでの儲け口を見つけないと待っているのは緩やかな死であることは間違いないだろう。
では、新聞の魅力と影響力を復活させるにはどうすれば良いのであろうか?
課題としては次のものがあると考えられる。
①生産・加工(記事編集)では商品の魅力を感じて貰えてない
②流通(生活者に届けること)でもうまく届けられていない
→ネット企業に負けている
ウェブサイトのアクセス数を増やすには魅力的なコンテンツ作りと効果的な情報発信とユーザーの動きを雪だるま式に増加させることが重要である。
では生産・加工(記事編集)について話を進めて行こう。
魅力的なコンテンツ作りで有用と考えられるものが、データジャーナリズムである。
データジャーナリズムとは
データのビジュアライゼーションに工夫を凝らし、より分かりやすく、より深く、より興味を引かせ、より人の心を動かすジャーナリズム手法のことである。
まず紹介したいのが、ビッグデータ解析の天才のネイト・シルバー氏である。彼はニューヨークタイムズ記者時代、2012年の大統領選で唯一全ての州で投票結果の予想を成功させた。
日本のヤフー2013年の参院選で検索結果から約9割の精度で議席数を予想することを成功させている。
CNNはアフガン、イラク戦争の戦没者を戦死した場所、日時、状況などが確認でき、その人がどこで生まれ、どのように育ったか確認できるデジタル慰霊碑Home & Awayを公開している。
災害情報では3.11のGoogleの対応が素晴らしかった。
消息情報をYoutubeや写真共有サービスにアップし、ホンダやパイオニアのカーナビとデータ連携し、交通可能な道路をGoogle Map上にマッピングしていった。
ニューヨークタイムズは雪崩災害をウェブの最新技術を用いて詳細にまとめたSnowfallというサイトでピューリッツア賞を受賞している。非常に上手く作られたサイトで、直後Snowfallerと言われるフォローワーサイトが世界各国の報道機関によって作られた。
是非PCでご確認頂きたい。
NHKは日本版Snowfallerとも言える御嶽山の「噴火の証言」というサイトを制作している。登山者から集めたスマホの動画、写真、証言を場所、時間軸、登山者の行動軸で自由に見ることができる。
次はオープンジャーナリズムについて説明しよう。
オープンジャーナリズムとは、メディア組織に勤務する人員だけでコンテンツを作るのではなく、読者、視聴者、専門家、外部のITエンジニアといった、「他者」を巻き込んでコンテンツを作るジャーナリズムである。
英ガーディアンは前向きにオープンジャーナリズムを進めており、一般の読者がニュースを投稿できるGuardianWitnessを開設している。GuardianWitnessでは記事の書き方や写真の撮り方などのレクチャーもある。
衛星写真を使った人道支援を行うクラウドソーシングサイト「Tomnod」が公開している、マレーシア航空370便の手がかりを探すプロジェクトに48時間で200万人以上が参加し、64万5000個のタグが付けられた。
マーケティングの大家、フィリップ・コトラー氏はマーケティング3.0の中で「ニーズの複雑化、技術の著しい進化の中においては企業が独自に商品を開発するのではなく生活者や研究者、他企業と「協働」で商品を開発することが企業の発展につながる」としている。
次は生産・加工(記事編集)の中のUX/UIについて書きたい。
UX(ユーザーエクスペリエンス)やUI(ユーザーインターフェース)はIT業界ではよく使われるキーワードで、どんなインターフェースでどんな顧客体験をさせるかということである。
カナダの新聞「La Presse」はタブレット版開発に4000万ドルを投資。
閲読の平均時間は平均で平日:35分/日、休日:70分/日と日本の新聞の平均を大幅に上回る。
National Geographicはタブレット版で動画と写真をシームレスに見せている。ページをめくるたびに自動再生される動画、タブレット用に見せ方を工夫された美しい写真。National Geographicが元々持つコンテンツをタブレット最適化して肌触りの良い美しいプロダクトに仕上げている。ブラックホール特集では表紙のブラックホールのCGが動画になっており、表紙の文字がどんどん吸い込まれ、最後はNational Geographicという文字も吸い込まれる。雑誌を超えたコンテンツを雑誌と同じ金額で販売するのではあれば、買う価値は大いにあるだろう。
では次は流通について、ソーシャルメディア対応について書きたいと思う。
自分は毎朝、facebookのタイムラインで友人がシェアしたニュースを見た後、キュレーションメディアでニュースをチェックしている。そのようなニュースの読み方をしている人も多いと思うが、そうなると、ニュースサイトによっては3-5割のアクセスがソーシャルメディア経由というものも出てくる。ニュースは検索やブックマークで読む時代ではなくなっているのかもしれない。
ソーシャルメディアを利用したニュースでの特徴は、速報性だ。ボストンマラソンの際、大手メディアはツイッターから写真や動画の情報を探し出し、報道した。
ソーシャルメディアを駆使して大きく成長したのがBuzzfeedである。
現在は2億人のユーザーを抱え、大手メディアから有名記者やピューリッツァー賞受賞記者をヘッドハントし、本格的な記事を展開しはじめている。
日本にもそろそろ上陸するというが大変楽しみである。
Upworthyは25のタイトルを同時に入稿し、独自のクリック計測システムで自動的によりクリックされ広まりやすい1つに絞るというネット広告のABテストの発想で成長を遂げた。
2013年に日本に上陸したハフィントンポストは公開された記事はユーザーの反応を見ながら、タイトルを修正したり、ソーシャルメディアへの投稿内容・頻度などを変化させている。
生産・加工(編集)と流通のまとめとしては、生産・加工(編集)、流通においてもITの強化は必須であり、場合によっては新興メディアやIT企業の参入により新聞社はジャーナリズムの主導権を握られる可能性もあるということであろう。
次は「ウェブの情報で有料課金は可能か?」ということを成功事例をもとに考えて行こう。
大手新聞社の方と話していると自社の商品はほぼマーケティングとは無関係で、今までもこれからも売れ続けるのでは?と思っている人がいるようだ。確かにほぼインフラとして機能・存在してきた過去100年間があり、自社の商品がマーケットにおいてどのようなポジションでどのような価値を生活者に提供できているか?と考える必要性が無かったためとも考えられる。
ただ、このことは新聞社に限ったことではなく、インフラやそれに近しい国を代表するような大企業においてはよくあることだ。
しかし、現在エネルギーや放送などの分野では規制緩和やネットを始めとしたテクノロジーの進歩によって生活者がその企業の商品を選ぶ必要がなくなる時代が到来している。
例えば電力は来年4月から自由化されるし、TV局はhuluやNetflixに居間に置いてある大きなディスプレイ(テレビ)に流すコンテンツというポジションを奪われる可能性がある。
インフラやそれに近しい企業 - 生活者が疑問を持たずに当たり前のようにその商品にお金を払ってきた企業 - ほど生活者に向いたマーケティングを行っていない傾向が強い。
現在や今後において今までの当たり前が通用しなくなるのであれば、自社の商品がそのマーケットにおいてどのような存在でどのような価値を提供でき、そこからいくらの対価(販売価格)が取れるのかを考える必要があるだろう。
そもそも商品の価値とは「ベネフィットの総体」-「ペイン(コスト)の総体」がプラスに転じると顧客価値が発生し購入に至り、マイナスに転じると買う必要のない商品と思われてしまう。
商品を買われる価値のあるものにするためには、ベネフィットを上げるかペインを下げることが重要である。ベネフィットとペインの調整により成功した企業を見ていこう。
ロッテは噛むのが面倒という(!!)若者の為に柔らかいガムを開発。包装紙も取りやすくと、徹底的にペイン(面倒臭さ)を減らした。
ミツカンは納豆のタレの袋が開けづらく、タレが飛び散り食卓や服を汚すというペインを解消する為に飛び散らないタレの包装方法を開発。朝食時にタレが飛び散り服に着いたという経験は多くの方があるのではないであろうか。
アメリカの靴のネット通販のザッポスはDelivering Happinessという企業理念を元に徹底的な顧客満足度向上を進めている。サイズや好みの合わない靴の交換は当たり前、クレームや相談に対してもコールセンターは何時間も対応する。自社に無い商品を問合せられたら在庫のある他社のサイトを紹介する。コールセンターの社員には大きな権限を与えられて、例えば夫が亡くなった為に靴のキャンセルした夫人に対してお悔やみの花をコールセンターの社員が贈ったことはソーシャルメディアなどで大きな話題になった。
紹介した事例にそこまでやるのか?と思う方も多いだろう。
ただ、マーケティング調査、あるいは経営者の信念やセンスによってと違いはあるが、成功する会社はそこまでやっているのである。
自分の企業はどこまでやれているのであろうかと、なかなか考えさせられる内容である。
では現在成功している国内のウェブ企業はどうだろうか?
ニコニコ動画、クックパッドは月額数百円の課金で数百万の有料ユーザーを抱える。
ニコニコ動画は動画上にコメントが付けられ、その動画自体が一つ一つが掲示板のコミュニティ的な役割として機能している。それは時と場所を選ばずに擬似的なお茶の間を(ベネフィット)動画サイト上に展開していることになる。
そのようなベネフィットを提供しつつ、人気動画にアクセスが集中すると画質が落ちたり、見れなくなったりと無料会員のみに発生するペインを意図的に設けている。
有料会員になると人気の生放送が優先的に見れるなど、ユーザーが強く欲するベネフィットを捉え、そこに有料・無料での境目を創ることに非常に長けている。
またクックパッドの有料会員はレシピを人気順に表示できる。
無料会員には新着順に表示されるので、人気レシピは埋もれてしまい探すのが大変だが、有料会員だとすぐ自分の探す人気レシピに辿り着ける。
このように、webメディアは基本的に元々が無料のサービスが多いために、敢えて無料会員に◯◯が出来ないというペインを設け有料会員に引き上げている。
webの情報は無料という風潮が強い中、これらの企業は大変健闘している。
ではニュースで課金するには何がベネフィットやペインになり得るか?そこを本気で考えていく必要があるだろう。
また無料会員→有料会員というアップセル際にグロースハッカーという人たちが活躍する。グロースハッカーはマーケティング発想とwebのシステム(エンジニアリング)への深い理解を掛け合わせ、webサービスを成長させる。
グロースハッカーは今までの認知〜購入モデルのAMTULのTrail use(試用)とUsage(利用)の段階をAARRRモデルに細分化しアップセルさせる。
ではグロースハック事例を見てみよう。
97年にマイクロソフトに4億ドルで買収されたHotmailはメールのフッター部分に「Hotmailでフリーメールをゲットして」というメッセージを入れるというシンプルな方法で急成長した。これが一番最初のグロースハック事例と言われている。
Facebookは様々な施策を試した結果、登録から10日以内に7人以上の友達と繋がると継続率が高くなるということを発見し、このことを達成できる施策にフォーカスして実行し、成長を遂げた。
国内のビジネスニュースのキュレーションアプリであるNewspickはAARRRモデルのReferral(紹介)がうまくいっていないことを発見し、対策を行ったことでユーザー数は大きく伸びた。
もし、ネット上の情報を有料で売りたいと考えるのであれば、グロースハッカーを社内で育成するか、ネット企業から優秀な実績を持つグロースハッカーを連れてくる必要はありそうだ。
最後に、新聞社はこれからどうならなければいけないのかということについて書きたいと思う。具体的な解決策ではないが、示唆にはなると考えている。
まず、誰と戦うべきか?
目指すべきポジションは?
Googleなどの巨大IT企業とはどう向き合うか?
IT関連の自動車開発においては、トヨタは独自開発を目指し、ホンダはGoogleと組むことを選んだ。
セブン&アイ・ホールディングスはAmazonや楽天に対抗する為に1,000億円投資するIT化を急ピッチで進めている。
何を売るべきか?何者になるべきか?
何を売るべきかと考えたときに、自己実現の為にお金を支払わせるということがあるだろう。例えば、ISISやISISに伴う難民などで国際情勢が不安定になったり、安全保障法案が可決されたりと国内の状況も大きく変わっている。答えが見出しづらい問題に直面する機会が増え、このような事態に自分がどう考え、行動すべきか?という自分の考えを深め、自分を高めたいというニーズは大きくなっているだろう。
質の高い解説記事を書くハフィントンポストやTHE NEW CLASSICが成長しているのも社会の問題が複雑化しているからかと考えられ、今後社会の問題が複雑化すればするほど、このニーズは高まるだろう。
ニューヨークタイムズは「新聞社がネット配信するのではなく、デジタル企業が新聞を出していると思うこと」と完全にデジタル企業に移行することを考えている。
最後にビジネスとして、マーケティング発想で新聞社を考えてみよう。
セオドア・リビットは「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」と言っているが、ドリルを新聞に置き換えると何になるだろうか?
長文を最後までお読み頂いたことを感謝したい。